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今から約80年前、1936年の本日、
日本陸軍の一部の将校が
約1500名の兵を率いて
永田町一帯を占拠した。
後に「二・二六事件」といわれる
このクーデター未遂事件について
私はよく知らないので、
ここでは書かない。
ただ、「二・二六事件」と聞くと、
父方の祖母のことを思い出す。
明治晩年生まれのこの祖母は、
当時20代。祖母の家は西新橋で
製本業の零細町工場を営んでいた。
祖母いわく、この時
この町工場から目と鼻の先にある
「ヒコーカイカン」なる建物の
屋上に「ヘイタイさんに向けて、
もう戻らなきゃだめよ」という内容の
アドバルーンがあがったそうな。
また祖母いわく、この時、
「カイゲンレイ」なるものが出され、
一般庶民はへらへらと
街中を徘徊してはいけなかったらしい。
が、祖母の町工場からある所に
どうしても届けなければいけない
品物があったようで、
――都電も止まっている戒厳令下で
納品なぞしている場合ではなかろうと
今私は思うが、――
「女なら大丈夫だろう」ということで、
リヤカーにその品物をのっけて、
取引先に祖母が引いていったらしい。
その途上、ヘイタイさんとの間で
「通してくれ」、「いやだめだ」という
童謡『通りゃんせ』の歌詞のような
押し問答が行われたそうな。
祖母からこの話を聞いたのは
私が小学生ぐらいの頃だったろうか。
予備知識が全くなかった私には
馬耳東風であったと思われる。
もっときちんと多くのことを
聞いておけばよかったと
後悔は尽きない。
誰かいいイタコを紹介してほしい。
(三文安)
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