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2026年6月16日(火)
「ウラ」ワールドカップ

かつて
こんな話を聞いた。

FIFAワースト
1位と2位が

対戦する話。

簡単に
出来ることではない。


ワースト
1位と2位の対戦だ。

スポンサーがつかない。

しかし対戦は実現した。
勝ったチームが
「栄えある」ブービー
となった。

(元入道)

2026年6月15日(月)
「数学を“する”」

ついこの間
授業をしていた

ときに触れた話題で、
家に
帰ったあとも、
しみじみ

「数学ってそうだよなあ」
と思ったことを少し。

学校や塾で勉強をするとき
どうしても数学は“解く”
もので、教えていてもみな
答えを出すことや、正解か
不正解かを気にしている。

でも自分が学生時代や、
塾講師になってからも、
一番数学という学問を
感じるのはそこではない。

解いて答えを出す。

〇がつく。得点できる。

というのはもちろん受験
や試験では大切なことだ。

でも学問として数学と
向かい合い、楽しい
充実した時間を感じられる
のは、わからないものや、
疑問に思ったものに対して
考え続けているときだ。

例えば自分の場合、
大学受験数学でどうしても
わからない問題があり、
一問に対して2日間ずっと
考え続けたことがある。

考え続けるというのは何も
机に向かっているときだけ
ではない。学校から帰るとき
電車に乗っているとき、風呂
に入っているとき、その問題
が頭から離れず「あの方法は
どうか、この方法はどうか」
と脳内で思考をぐるぐると
巡らせ続ける。

机を離れて純粋な好奇心、
探求心で数学と向き合うと
「ああ数学を“している”
なあ」と実感する。

そんなような話を授業で
話したのだが、
若干引かれた。


電車でも風呂でも
トイレでも

数学のこと
考えてたら気持ち

悪いのかもしれない。


(数学狂)

2026年6月12日(金)
『南国のフルーツ』

普段は
あまり果物を

食べる習慣が
ないのだが、

久しぶりに
食べたくなり、

GoJekで
注文してみた。


パイナップルが
好きなので

頼んだところ、
かなりの量が

入っていて値段は
2万ルピア

ほどだった。

インドネシアは
もともと
物価が安いが、
それにしても

この量で
この価格には驚いた。

さらに味も非常に良く、
甘みが強くて
みずみずしかった。

気候の影響もあるのか、
日本で食べるもの
よりも甘く感じられ、

南国ならではの
おいしさを

楽しむことができた。

南国の果物のおいしさを
改めて実感する
機会となった。


(nanas)

2026年6月11日(木)
『一石二鳥』

突然ですが、
よく使う

四字熟語の
「一石二鳥
(いっせきにちょう)」
「1つの行動で、2つの
利益を得る」という
意味で、
効率よく物事を

進められた時に
使いますよね。

でも、
ふと思ったことは

ありませんか?
「実際に、
石を1個投げて

2羽の鳥を落とした人
なんて
本当にいるの?」

と。

実はこれ、歴史を調べて
みると面白い事実が
わかってきました。

四字熟語といえば、
昔の中国の歴史
(故事成語)から
生まれたものが
大半ですが、
「一石二鳥」
は違います。


実はこれ、
イギリスのことわざ
 "To kill two birds 
with one stone." 
を日本語に訳したもの
なんです。

17世紀頃の
イギリスで、

鳥猟
(ハンティング)
たとえ話
として作られたと

言われています。

そして
結論から言うと、

歴史上で
「実際に石を

投げて2羽同時
に落とした」

という具体的
な記録は……

ほぼありません!

それもそのはず。
よく考えてみたら、
飛び回る鳥に対して
石を投げ、
1羽目に

当たった時点で
石の勢いは

ガクンと落ち、
軌道も
ズレて
しまいますよね。

プロのハンターでも
物理的に
ほぼ不可能な

神業です。

つまり
一石二鳥とは、

「それくらい、
めったに

起きない奇跡的
な大金星」

という意味で
作られた

言葉なんです。

私たちは
何かを始める時、

つい効率を求めて
しまいます。

「この参考書1冊で、
定期テストも模試も
完璧にしたい!」

「一気に2つの
教科の成績を

上げたい!」

でも、
最初から
「一石二鳥」

を狙いすぎると、
狙いがブレて
結局どちらの

鳥も逃してしまう
(二兎を追う者は
一兎をも得ず、
ですね)と

いうことに
なりがちです。


歴史上の達人ですら
できない神業を、
私たちが最初から
真似する
必要はありません。


大切なのは、
「一石一鳥
(いっせきいっちょう)」。

「今日の1時間で、
この単語を
10個覚える」

「今日の授業で、
苦手な

この公式を
1つマスターする」


そうやって、
1つの行動で

1つの成果を
確実に仕留めて

いくこと。

その地道な積み

重ねの先にしか、
確実な実力アップは
ありません。

「一石二鳥」は、
狙って

出すものではなく、
コツコツ続けたご褒美
として
「たまたま降ってくる
ラッキー」
のようなものです。

まずは今日、
目の前の
「1つのこと」に

集中して、
確実な一歩を

踏み出して
みませんか?

先生も、
みなさんのその

「一石」を全力で
サポート

します!

(点滴穿石)

2026年6月10日(水)
どうすれば

ジャカルタに住んで
10年以上が経つが、
平時では毎週土曜日の
夜は、だいたい
決まったお店で
食事をしていた。

お決まりメニューの
他にも、その日に
仕入れた魚を
焼いてくれたり、
日本から持ってきた
食材を出して
くれたりして
いただいたので
飽きることなく
通えていた。

何よりもお酒が
他のレストランの
半額だったのが大きい。

そこで日本に
帰ってからも
飲みに行くぐらい
仲良くなった友人も
できた。

ところが、6月頭から
改装工事等の理由で
一時閉店となった。

他にも行くことのある
お店はあるが、
あそこの店が
行きやすくもあり、
何よりも一番落ち着く
お店だったのに。

これからしばらくの間
どうやって土曜の夜を
過ごそうか。

(harus berolah laga)

2026年6月9日(火)
『ずっと挑戦したいこと』

我の好物の一つに
『梅干し』がある。

長年海外生活を
楽しんではいるが、
唯一困ることは
おいしい梅干しを
手に入れることが
できないこと。

毎年一時帰国の際には
大量の梅干しを
密輸してくるが
一年は到底もたない…

自分で梅干しを
こさえることが
できればそれに
越したことは
ないのだが、
梅干しを作ると
いうのは非常に
手間のかかる作業で
気軽に挑戦するには
なかなかハードルが高い。
それ相応の心構えが
必要なのである。

でもいつか必ず
『梅仕事』に挑戦
したいと思っている。

(いつになるやら…(-_-;))

2026年6月8日(月)
個別父母面談

来週、15日(月)〜
個別父母面談が
始まります。

ファイでは年に3回
塾生全員の御父母と
個別面談を実施
しております。

ご家庭での学習状況、
塾での現在の状況、
学校での様子、
ここからの学習計画、
苦手意識の解決方法、
進路の相談、
友人関係、
その他、色々
多方面へ話は
発展します。

今週から
面談担当教師から
個別にご連絡
させていただきます。
お待ちください。

今週もガンバです!!

(体70%復活)

2026年6月6日(土)
『ならいごと』

芸事は
6歳の6月6日から
始めると上達する
と、言われている。

それ故、本日は
「楽器の日」
「邦楽の日」そして
「いけばなの日」
であったりする。

実際に
身を助くかどうかは
置いておくが、
芸事とか習い事は
しておいた方が
良いと思わfれる。

(無芸者)

2026年6月5日(金)
1986年のワールドカップ

いよいよ
サッカーワールドカップが

始まりますね。
今回はどこの国が

優勝するのでしょうか?

ワールドカップで
一番印象に残って

いるのは、1
986年の
メキシコ大会です。


当時私は大学を
1年休学し、インドを

ほっつき歩いていました。

4月にインドに

入国し2か月が
過ぎたころでしょうか。

来る日も来る日も
気温が40度を超える

カルカッタの気候に
うんざりし、涼しさを

求めて北にある
山岳地帯に向かったのです。

向かったのは
紅茶で有名な
ダージンリンです。


カルカッタから電車と
バスを乗り継ぎ、
ほぼ
1日がかりで
ダージリンに到着しました。


カルカッタと違い、
ダージリンは本当に

涼しく、久しぶりに
朝から街歩きを楽しむ

ことができました。

ある朝、
町の至る所から
歓声が聞こえて

くるではありませんか。

街に出ると、

その歓声は、
テレビを見ている人の声で

あるのがわかりました。

人々が見ていたのでは、
ワールドカップの
決勝戦
アルゼンチン対西ドイツの
一戦でした。


当時のアルゼンチンには
マラドーナがいて、

インド人もほぼ全員
アルゼンチンを応援して

いました。

彼らの熱量に圧倒されながら

いつのまにか私も
テレビにくぎ付けになって

いました。

2対2の同点で迎えた
後半40分過ぎでしょうか。


マラドーナの
スルーパスが
きれいに通り、

アルゼンチンが
決勝ゴールを
挙げたときには

人々の盛り上がりは
最高潮を迎えました。


今と違い、
スポーツの
パブリックビュー
イングが
あまりメジャーではなかった

時代。

人々が
スポーツ観戦で
一体感を

持てることに大きな
感動を覚えるとともに、

あの決勝ゴールは
今でも目に浮かんできます。

(閑人閑話)

2026年6月4日(木)
滞在権

外国人就労者が
増えてきている。
彼らは「就労権」を
得ている。(通常)

この「権」。
外国人からは
権利を得ている。

日本人からは
権利を与えている。

この感覚の
大きなズレは
あると思う。

ここインドネシア
でも同じである。

我々は滞在権を
頂いているのである。

(元入道)

2026年6月3日(水)
『ボランティア』

先日、
とあるボランティア

に参加した。

行く前までは、
活動時間の

長さに面を食らって、
休日
がなくなって
しまうと思い

正直なところ、
腰が重かっ
た。

しかし
行ってみると、実際

は想像していた
ようなもの

とは違った。

普段顔を合わせる
機会がな
いような
人たちと、一つの

イベントを成就
させるため
に、
それぞれが動く。


自分も大学時代に
ボランテ
ィア活動を
やっていたから

わかることだが、
主体とな
って動いて
いる人たちの熱

量はかなり高い。

熱量が高い
人たちと一緒に

動くことは
楽しいものだ。


また
ボランティアはお金が

発生しないのも肝だ。

社会人になると
働く=お金
だ。
(それはそれで大切だ

が)だからこそお金が
発生
しない活動
というのは、社
会に
出てからは貴重な機会

になる。

そして僕はふと
デジャヴを

感じた。

まさに学生時代の
部活動や
学園祭は
そういうもの
だっ
たはずだ。
対価を求めず
の活動そのもに
価値を感じ

エネルギーを
注ぐという
のは尊い。

社会人になっても
そういう
経験が
できてよかった。


ただ学生時代と
違うのは、

年齢だ、、、
翌日には
身体がバキバキ

、、、


普段から
運動はするべき

ですね。。

(万年運動不足)

2026年6月2日(火)
【福岡の謎の風邪】

最近、
地元福岡で
「謎の風邪」と

呼ばれる症状が
話題になっている。

特に、鼻水や発熱、
体のだるさなどの

一般的な風邪症状は
ほとんど
ないにも
かかわらず、
咳だけが

1〜2週間以上
続く人が多いという。


私は福岡に
住んでいるわけ
ではないが、

現在まさに同じような
症状が出ている。

体調は
普段と変わらず、

熱もなく食欲もあるが、
咳だけが
なかなか治まらない。

日常生活に
大きな支障は
ないものの、

人と話す際や
夜寝る前などに

咳が出るため
気になっている。


福岡の
「謎の風邪」について

調べてみると、
新型コロナウイルスや

インフルエンザ
以外のウイルス感染、

および
黄砂・花粉・寒暖差
など
のアレルギー・
環境要因が複合的に

影響していると
考えられているそうだ。


(咳が止まらない)

2026年6月1日(月)
『見たいもの』

中学国語の
マンスリーテスト
に向けて、

当塾では毎月100個の
漢字暗記を
課しています。


漢字の勉強というと、
「ただの暗記」
「国語だけの話」
と考える生徒も
いるかもしれません。

しかし、
私は漢字テストを

単なる知識
確認の場だとは

考えていません。

漢字暗記は、
勉強の中でも最も
シンプルな
部類に入ります。


覚えるべきものを
覚える。


言ってしまえば、
それだけです。

もちろん簡単では
ありません。
100個の漢字を
覚えるに

時間も努力も必要です。


それでも、
数学の応用問題
のように複雑な思考を
求められるわけでは
ありませんし、
英語長文のように
高度な読解力が
必要な
わけでも
ありません。


だからこそ、
私はこう考えています。

漢字暗記に十分
向き合えないので
あれば、

それ以上に
難しい英文法の

理解や数学の立式に
向き合うことは
できません。


勉強において
大切なのは、

才能や要領の良さだけ
ではありません。

与えられた課題に対して、
必要な時間を確保し、
最後までやり切ること。

その積み重ねが
学力になります。

漢字テストで
問われているのは、
漢字の知識だけではなく、
その姿勢なのです。

もちろん、
漢字そのものにも大きな
意味があります。

漢字の知識は読解力と
深く関係しています。

文章を読んでも
意味が分からない。

問題文の内容が
頭に入ってこない。

その原因の一つは、
語彙力や漢字力の
不足にあります。

また、
漢字は受験が終われば
不要になるものでも
ありません。

メールを書くとき。

資料を読むとき。

文章を作成するとき。

漢字は一生使い続けます。

だから私は、生徒たちに
「マンスリーで点を
取るために覚えよう」
とは言いません。

高校受験のためだけでもあ
りません。

将来の自分のために
学んでほしいのです。

先日、答案を採点していて
感じたことがあります。

結果が良かったか
悪かったか以前に、
「勉強した跡」
が伝わってこない答案が
ありました。

もちろん、
一生懸命勉強しても
満点が取れないことは
あります。

覚えたつもりでも忘れて
しまうこともあります。

それは仕方ありません。

しかし、十分な準備を
せずにテストを受ける
ことと、一生懸命
取り組んだ結果として
間違えることは
全く違います。

私たちが求めているのは、
完璧な結果ではありません。

まずは本気で取り組むこと
です。

勉強への向き合い方は、
一朝一夕では変わりません。

ですが、どこかで変わる
決意をしなければ、
結果も変わりません。

目の前の漢字学習に
どれだけ真剣に
向き合えるか。

その姿勢が、
今後の学力を大きく
左右すると
私は考えています。

次回のテストでは、
点数だけでなく、
「ここまで頑張った」
という跡が見える
答案を期待しています。

(凡事徹底)